7月17日(金)
あなたは、どんな花ですか
私は2週間に1回、禅のご指導をいただいています。
少し前に、強い憤りを感じる出来事がありました。
そのとき私は、自分の思っていることを、少し強い言葉で伝えました。
強い言葉になったことが、よかったのかどうかは分かりません。
けれども、伝えたからこそ分かったことがありました。
私が思っていたことと、実際に起きていた事実は、少し違っていたのです。
もし、何も言わずに自分の中だけで考えていたら、私はずっと、自分が思い込んだ事実の中にいたかもしれません。
「きっと、こうに違いない」
私たちは、知らないうちに、自分の中で物語をつくってしまうことがあります。
けれども、それは事実とは限りません。
だからこそ、思っているだけではなく、伝えることには意味があるのだと思います。
もちろん、感情のまま相手を傷つけるのではなく、自分は何を感じ、何を大切にしたくて、何を伝えたいのかを見つめることが必要です。
それでも、伝えなければ分からないことがあります。
伝えることで、相手の考えを知ることができます。
そして、自分の見ていた世界が、すべてではなかったと気づくことができます。
私は最近、「場」という言葉をよく使います。
「あなたは、どのような場ですか」
そう問われると、少し不思議に感じるかもしれません。
けれども、そこに一輪の花があるだけで、周りの空気は変わります。
花は、大きな声で何かを語るわけではありません。
誰かに、「私を見てください」と頼むわけでもありません。
ただ、そこに花として存在している。
その姿や色、香りによって、周りの人の心を和らげたり、元気づけたりしています。
私たち一人ひとりも、一輪の花だと考えてみると、どうでしょうか。
あなたは、どんな花でしょうか。
明るく周りを照らす、ひまわりでしょうか。
そっと人に寄り添う、野に咲く小さな花でしょうか。
凜として、自分の軸を持つ花でしょうか。
華やかではなくても、近くにいる人を安心させる花かもしれません。
大切なのは、どの花がよい、悪いということではありません。
一人ひとりが、それぞれの花として、自分らしく存在することです。
私たちは、何かを言ったときだけ、周りに影響を与えているのではありません。
どんな表情でいるのか。
どんな言葉を使うのか。
人の話をどのように聴くのか。
困ったときに、どのような態度を取るのか。
何も言わずにそこにいるときでさえ、私たちの在り方は、周りに伝わっています。
一人ひとりの在り方が集まって、チームの場がつくられます。
安心して話せる人がいれば、安心して話せる場になります。
人の失敗を責める人がいれば、失敗を隠したくなる場になります。
誰かの挑戦を応援する人がいれば、挑戦してみようと思える場になります。
場は、誰か一人がつくるものではありません。
その場にいる一人ひとりが、毎日少しずつつくっているものです。
あなたは、どのような場ですか?。
あなたは、どんな花として、ここにいますか?。
そして、私たちのチームを、どのような場にしていきますか?
私自身、今日、少し立ち止まって考えてみたいと思います。
あなたは今日、どんな花として、その場にいますか。