2021年5月24日月曜日

デイリーほっと通信

5月21日(金)

私の師匠:宗像 恒次氏。

自主勉強会のコミュニケーション研修の時に、資料を見ていたら

素敵な内容だったので、

せっかくなので、皆様にもシェアーします。

私は、なぜ宗像 恒次先生にずーと師事しているかというと

先生の「愛」を感じるからです。

私は、ついていく人を選択する時、「愛」があるかどうかで判断しています。

この文章にも愛が溢れています。

以下

クライアントに起こるすべての問題は、本人のあるがままを学ぶためのものであり、どのような問題も、意味があると、本人のすべての人生を全肯定していくことが大切です。

「私たちは、私を迎える時、自分たちにはいろいろとトラブルや問題があったが、振り返ってみるといい人生だったな、楽しかったなと満足して死ねること」を目的として生きています。

私たちの人生を登山にたとえて、満足な人生だったと思える人生の 終焉が登頂であるとします。ある人は、ケーブルカーやロープウエイで登るかもしれません。そしてそれで満足するかもしれません。他方自分や自分の家族に困窮極まる出来事が生じる人にとっては、自分たちはまるで獣道をあるいているとか、オーバーハングの岩山を登っているようだと思うかもしれません。しかし、翻って考えてみれば困窮する中で他人とは異なった学びをしているかもしれません。その学びは、私たちが持っている「あるがまま」を生き、人生満足できるよう、自分や自分たち家族が必要とするものを学習しているかもしれないのです。

満足して人生をおえるために、自分たちに必要な学びのルートなのです。周りを見て羨んでも仕方ありません。ひとりひとり、登る人生のルートが違うのです。

・・続く・・」

長文になるので、ここで止めます。

(愛はこの後の文章で伝わるかもしれませんが・・・)

 

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