(2026/05/10)
フィロソフィー当社では、フィロソフィーを大事にしています。
知っているのは「情報」の段階
知識:とは
知っている情報を 行動につなげている状態。実践している状態です。
なぜ、フィロソフィーを実践することを大事にしているのか
全ては「人」が行うことだから です。
ものづくりであっても
心の綺麗な人がつくるものと
心の汚い、ずるがしこい、私心の人がつくったもの
どちらが、素晴らしいものができるだろうか・・・
お料理はどちらが美味しいだろうか。
どちらが、よい空気をつくっているだろうか。
心が純真で、綺麗でありたいと思っています。
作業は、うっかり抜けることがあるかもしれない
報告・連絡・相談がうっかりしてぬけることもあるかもしれない
まだまだ未熟かもしれない
それを、そんなこともあるよね。
と許せるのは
人間力があるから かもしれない
そして心を磨き続けることで
よい人が集まってくる
フィロソフィーの実践=やさしい人 ではない。
正しくあること=正しいことをやる ではない。
「人」
日常でいろんなたくさんのことが起こる
そのひとつ一つを、高い視座から大きな視座から見てみると
何が根本なのかが見えてくるという
その根本にいつも関わっていくと
問題の質が変わってくるのだという
アンチ・フィロソフィーの方がいた
なぜ、最近変わってきたの?と問いをなげた
自分が落ち込んだりした時、
あちこちに、フィロソフィーが飛び交っていて、
ふと、フィロソフィーの言葉が自分自身に飛び込んできて
その言葉に救われることが度々あった
のです。
と言われた
0 件のコメント:
コメントを投稿